本日の酒の肴はさしみ ― 2015年08月21日 23:15
しとしとと降り続く雨の中,酒の肴を求めて近所の生協へ行った。時間はPM8:30。夕げの時刻を大幅に過ぎた駐車場は,車の埋まり具合,4割といったところ。少しでも楽をしようと,できるだけ店の入り口付近に空きを探して車を止めた。
店内は予想通り人影がまばらだった。ゆったりと気兼ねなく品定めができそうで,気持ちが少し安らぐ。さっそく,一番の目当てであった刺し身コーナーに向かった。家を出るときから,頭の中には刺し身がひらひらゆれていた。ビールの友は刺し身と決めていた。
安い!ほとんどが半額セールになっていた。いや,物によってはそれ以下である。カツオのたたき170円〜。カツオ150円〜。サンマ130円〜・・・。
カツオのたたきとサンマを1パックずつ,総計300円にねらいを定めておいて,とりあえず次の獲物である総菜コーナーに行く。こちらは,本命ではないが,総菜好きの自分としてはノーチェックというわけには行かない。とんだ掘り出し物がないか念のためチェックしておく。
「うむ。ない。」今日の総菜はスルーと決めて,刺し身コーナーへ戻る。…それでもきびすを返す刹那にカゴにはポテトサラダ130円を入れていた。ここが総菜好きのゆえんである。
さて,刺し身コーナーに戻ったら,思い掛けない事件が起きていた。ねらっていたカツオのたたきがなくなっていた。誰かが置き場所を変えたのではないかと疑い,一通り保冷器の隅々まで確認したが,やはりどこにも見つからなかった。総菜コーナーでつぶした3分ほどの間に,他の誰かに買われてしまったようだ。
それはそうだろう。カツオのたたきが170円なのである。これに手を出さないヤツはバカだ。そして,自分がバカだったのだと反省して,替わりに普通のカツオとサンマの刺し身を手にしてレジに向かった。
本日の夕食。ビール350ml,刺し身2品,サラダ,閉めにサッポロ一番のみそラーメン。以上です。
中村文昭講演会 ― 2015年08月23日 09:01
講演会は,8/22,仙台三越6Fエルパークで18:30から始まった。「あこがれ先生プロジェクト」の立ち上げ企画として行われたもので,演題は掲げられていなかったが,テーマは「人間力=回りの者を惹き付ける人としての魅力」ということになると思う。参加者はざっと見て60〜70名といったところだろう。
プロジェクトの目的は,とかく叩かれがちで事なかれ主義に陥ることもある教師を応援し,ひいては地域や子どもたちの活力を取り戻したいということだと講演を聞いて理解した。
とはいっても,参加者全てが教師というわけではなかった。冒頭,中村さんが「この中で先生はおられますか?」と聞いたとき,手を上げた人数は,半数程度だったろう。
さて,本題である。一言で言って心を揺さぶられる講演だった。話を聞きながら自然と涙があふれてきた。頬を伝う涙が止まらない。それを回りの人に気付かれるのが恥ずかしくて,こっそりと指で払っていた。
中村さんが語る「人間力=人を引きつける魅力」を備えた人とは,相手を喜ばせることを考え即座に実践する人ということになると思う。中村さんは,豊富な経験の中から極めて具体的で映像が湧き上がるようなエピソードの数々を話してくれた。
仕事は,人を喜ばすためにするのだと中村さんはいう。例えばこんなことをしてきたそうだ。
飲み屋さんの仕事をしていたとき,中村さんは,初めて店に来た人の顔,飲んだ物,一緒に来た人,話した内容などをノートにメモしていたのだそうだ。そして,次回来店したときにこっそりとノートを見て,来店に対する挨拶とともにそれらの話をする。すると客は自分を覚えていてくれたことに感激するのだ。
これはわかる。この客の喜びはどれだけだっただろう。自分を認めてもらえることのうれしさ,しかも,おもいがけない相手からの親密な関わり。これは間違いなく感激する。人を喜ばせるということは,その場で臨機応変に対処することばかりでなく,相手が喜ぶことを楽しみにして事前に下準備を行うことも必要なのかと恐れ入った。店に来る人の数を考えれば,報われるともしれないこの下準備のすごみが感じられる。人を喜ばせることへの覚悟がある。
中村さんにとって,人から物事を頼まれることはチャンスなのだそうだ。「あんたの予想以上のことをして喜ばせてやる」と考えるのだそうだ。耳かきの話。
こたつで家族がくつろいでたとする。ちょうど自分が立ち上がっとき,家族から「立ったついでに耳かきとってくれ」と頼まれた。「えー」とか「めんどくさい。自分でやれ」と言いそうになるこの場面,どうする?
こんなときは,即座に「はい,Yes,喜んで」のどれかで返事をして,耳かき,綿棒,ティッシュの3点セットを届けるのだそうだ。これは,相手が要求した以上の配慮である。すると,相手はありがとうの気持ちがあふれ出し,自分もうれしくなる。こうした相手を喜ばすことを真っ先に考える家族は,感謝と愛情にあふれたすてきな家族になるだろう。
人を喜ばせることは,のほほんとした生活にはありえない。相手が喜ぶ姿を描く想像力とそれを行う決断や実践力が不可欠だと感じさせられた講演だった。
一人の先生のハイタッチによる挨拶が,クラス,学年,地域を変えていく話や,中村さんの息子が留学するためにひと足早く学校を去る際の友達との別れ話など,一人の「人間力」が回りに大きな影響を与えた珠玉のエピソードの数々は,思い出して今も泣きそうになる。
中村さんの講演会を聴くのは2回目だが,前回以上の感銘を受けた。次回の講演を楽しみにしたい。
街で見かけた気になる男 ― 2015年08月24日 01:08
街の風景や雑踏を眺めながらのんびりと散歩をすることはおもしろい。雑居ビルの壁面に並ぶ店の案内板を見て,様々な店の存在を知ることは散歩の楽しみの一つである。飲食店の店先に掲げられたメニューから,「今度ここで食事をしてみよう」と,いつ実現するとも知れない計画を立てることもなかなかに楽しい。
道行く人たちの表情や行動を見ることも好きだ。これからどこに行くのだろうとか,街には何しに来たのだろうとか,この二人はどんな関係なのだろうなどと考えることは,余計なお世話と思いつつも,知的娯楽になっている。(いや…低俗的娯楽かもしれない…)
さて,先日,散歩中に興味深い行動をする男を見た。信号が青になり,交差点を渡り始めた俺の目の前,交差点の真ん中で立ち止まっていたのがそいつだ。白いTシャツに紺のハーフパンツ。足にはサンダルを引っ掛けている。年齢は,20前後に思われた。気の抜けたような佇まいで,首をゆっくりと回してあたりをうかがっていた。白いワンピースを華やかに着こなした女の子が交差点を渡って行った。彼女がその男の横を通り過ぎようとしたとき,男がゆらりと動き,女の子に肩を並べて歩き出した。男は女の子に親しげに話しかけていた。女の子はそれを受けて笑顔を返している。
え?交差点で待ち合わせ?こんなとこで出会いの約束?いやいやそれはない。それとも,偶然出会った友だち?それにしては,男は人を探している風だったけど…。
交差点を渡り終えてからしばらくの間,一緒に歩きながら親しそうに話をしていたが,女の子は,あるファッションビルの前で男に別れを告げたようだ。男は名残惜しそうに話しかけていた。しかし女の子は,可愛い笑顔を残してビルに入っていってしまった。男は一人になった。すると男は,また気の抜けたような雰囲気を醸して,ゆっくり歩き出した。行き先が決まっているようには見えない。首をかしげるようにして通りすがりの女性を目で追いながら歩いている。
ここに来てやっと理解した。男はナンパをしていたのだ。男が女の子に話しかける様子が自然で気付かなかったが,きっとそうだ。思い返せば,先ほどの女の子。別れ際の笑顔は眉根を寄せて少し困ったように見えた。
俺は,道行く女性に声をかけてナンパしたことはない。道端で女性を引っ掛ける発想もなかったが,そもそもそんな勇気は持ち合わせていない。だからこそ,この男の女性に対する自然な振る舞いと,振られた後の切り替えの素早さに正直感心した。
この後の男の行動に興味を覚えて,しばらくの間男をつけて歩いた。…いや違った。たまたま同じ方向に向かっていたので,ついでに男の歩調に合わせて歩いていたに過ぎない。視界の端に男を捉えながら。
しかし,その後50mほどの間,男が女性に声をかけることはなかった。ぼうっと歩いては立ち止まりの繰り返し。退屈を感じ始めた俺は,歩調を合わせるのをやめ,スタスタと抜き去ってやった。
・・・やっぱり町歩きは刺激的である。おわり。
あめとあめ ― 2015年08月24日 07:37
仙台では,梅雨のような毎日が続いている。この1週間,灰色の厚い雲で覆われた空の記憶しかない。そして,ときおり思い出したように,静かな雨粒を落とす。週間予報を見るとしばらくは似たような天気が続くらしい。
先日夜,車を走らせて近所の本屋さんに行った。傘を開くことをためらう程度の雨が降る夜だった。目当ては1日で読み終えそうな内容の物語を買うこと。天気のようにじとじとしてしまいそうな気持ちをリフレッシュしたいという思いがあった。
整然と並べられ,積み上げられた大量の本の中から,今の気分にあった本を見つける作業は楽しい。フリーで本を探す場合は,本屋さんが売りたいと思っている本の中から選ぶことにしている。つまり,平積みしていたり,書棚の中で表紙を見せるように並べていたり,店独自のポップで宣伝していたりする本。プロである本屋さんの見立てを信じた上で効率的に「おもしろい本」を探したいためである。
最近は,次のようにして本を選ぶことが多い。
まず,本屋さんが勧める本の中で,表紙,題名,帯の宣伝文句で気になったものを手にする。そして,裏表紙のあらすじを読み,面白そうだと思ったらおもむろにスマホを取り出し,題名+評価のキーワードでamazon検索。5段階評価のうち,上位二つの評価と下位二つの評価の数を比べて上位二つの評価がダブルスコアをつけて勝っていたときには,その本をキープ。本屋を巡りながらそれを繰り返して数冊のキープ本を選ぶ。最終的にはキープ本を選別し,相対的に自分の期待値が少なかった本は元の場所へ戻る。
すべての本を見ることができない以上,自分の直感に本屋さんとネットの人の助けを借りて,面白い本を選別していく作業である。しかし,これでも5冊中2冊は期待はずれの本を掴んでしまう。その2冊は,途中であってもお蔵入り。つまらない本を最後まで読む時間とエネルギーがもったいない。新たな本を手にする。ちなみに,自分は2〜3冊同時並行で読む人である。
話がずれてしまった。今回書きたかったことは,そんなことではなかった。
気に入った本を手にしてレジに向かった。カウンターの向こうには一人,女の子の店員さんがいた。平均より少し小さめの身長。肩まで伸ばした髪の中にはもの静かな表情をたたえている。少し寂しげな感じさえした。2冊の本を店員さんに渡した。女の子が事務的に尋ねてくる。
「表紙はおつけしますか?」
「いえ,なくていいです。」
「では,◯◯円になります。」
千円札を2枚出して,おつりを受け取る。 すると,おつりを渡し終わった女の子はカウンター下から小さなカゴを取り出してこう言った。ほのかな笑顔とともに。
「では,今日は雨の日ですので,あめをどうぞ」
一瞬,何を言われたのか理解できず,思わずとまどいの言葉が口をついた。
「…あめだからあめ…ですか?」
「ええ。だじゃれです。」
といって笑顔を見せる女の子が持つカゴの中には,色とりどりのあめが入っていた。いろいろな形で一つづつ透明な袋に包まれたあめ。
「じゃあ,これをいただきます。ありがとうございます。」
薄青色で星型のあめを一つもらった。
「ありがとうございました。」
そういってちょこんと頭をさげる女の子。胸の奥に灯るような小さな温かみを感じた。外に出ると,まだ,雨がしとしと降っていた。しかし,駐車場に向かう足は軽かった。
ささやかな幸せを感じた話。おわり。
くり爆弾 ― 2015年08月24日 22:49
職場は,緑豊かな里山の中にある。南側,目の前には,スギやクヌギ,ケヤキをまとった200m程度の山が連なり,建物のすぐ隣にある森の中では,秋になればたくさんのドングリを見つけることができる。職場の建物を挟んで反対側には,広々とした田んぼや畑が広がり,その中を10m幅の川がくねくねと縫うように流れる。また,地域には,クマやイノシシなどの野生動物が多く住み,「絶対に離れるもんか」というようにぎゅっと背中にしがみつく赤ちゃんを乗せた親子猿を,今年はすでに3度見た。
さて,本日,少し遅れて職場に着くと,いつもはずらりと並んでいるはずの駐車場の一部が空いていた。見ると,常々その場所に駐車していた車は,別の場所に停めてあった。
どうしたのだろう。空きスペースに近づくとすぐに理由がわかった。「くり爆弾」のせいだ。もうそんな季節になったのだ。
くり爆弾は空から降ってくる。もちろんくりのイガのことだ。駐車場のすぐ脇に高さ20m級のくりの木があり,駐車場にかぶさるように枝を伸ばしてすぐ下の獲物を狙っている。
この爆弾に打たれた車は無傷では済まされない。攻撃を受けた車の屋根やボンネットには,小動物が爪で引っかいたような細い筋状の傷が残される。1撃のダメージは小さくても,誤って1日その場所に停車すれば,数十個の直撃は避けられないだろう。ある人は昨年,このくり爆弾のせいでタイヤがパンクしたとさえ語っていた。(ただし,俺は信じていない ;¬_¬))
例年は9月以降に攻めてくるのだが,今年は一足早く攻撃を始めたらしい。自然の脅威。多勢に無勢。こうなっては,この場所は明け渡すしかない。戦略的撤退である。
恐るべきくり爆弾。…松茸地雷だったらよかったのに…。