キャラクター文庫とライトノベルと文芸の話 ― 2016年12月29日 21:50
本屋で僕が一番足を運ぶ場所は,小説のコーナーだ。そこでは,買い手の検索性を高めるために,歴史,ミステリー,ホラー,SF,児童小説など,細かくジャン分けをして本が並べられている。
一方,ジャンルとは別に「映像化された作品」や「涙が止まらない」のように,ある条件のもとに本をまとめることもある。買い手の求めに応じたり,買い手の心に希求したりするためには,こうした様々なまとめ方も必要だろう。
そんな中,最近見るようになったまとめ方に「キャラクター文庫」がある。僕は最近目にするようになったが,以前からあるのだろうか?
キャラクター文庫を初めて目にしたときにまず頭に浮かんだことは,いわゆるライトノベルとの違いはなんだろうということだ。ライトノベルも,キャラクター性を強く前面に押し出した小説だ。しかし,本屋にはキャラクター文庫とは別にライトノベルコーナーも変わらず残っていたので,名前が置き換わっただけでないことは明らかだった。
ライトノベルはいくつか読んだことがある。また,キャラクター文庫コーナーにも,既読の本がいくつか置いてあった。その読書体験を思い起こし,その比較から推察したことは,どちらもキャラクターが巻き起こしたり,巻き込まれたりするイベントを気軽に楽しむ「ライトな小説」であるが,キャラクター文庫はライトノベルと比べて文芸要素が強めということだ。
ライトな小説を「ライトノベル」と「キャラクター文庫」そして,その他のものを「文芸」として,小説をざっくりと3つにまとめた場合,僕の主観では,文芸>キャラクター文庫>ライトノベルという格付けになる。
しかし,この分類の基準は曖昧だ。3種のうちどの棚に置くか明らかな本が多数ある一方で,頭を悩ませる本もある。
手持ちの本を分類してみる。まずはライトノベル。

もう,表紙のアニメ調な絵柄からしてライトノベルらしさをアピールしている。また,この書籍名もそれらしい。
「風見夜子〜」の著者半田畔さんは表現力のある作家で,僕はかなり評価している。状況や心理の描写が無駄なく適切で会話が軽妙。そのため,登場人物が生き生きとして躍動している。未来の死体が見える能力を持った夜子の空気を読まない言動と,彼女とともに対象者の死を回避するために奮闘する陽太の魅力が作品のエンジンだ。残念なのは,キャラクターの魅力の高さに比して,ストーリー展開が陳腐なことだ。半田さんはこの作品がデビュー作ということなので,次作に期待している。
「櫻子さん〜」は珍奇な嗜好のキャラクターを作って他と差別化することを第一の目的に作られたような作品。年上女子と年下男子の関係性もそれぞれの性格も全く新鮮味に欠けるが,言い換えれば,安心の設定と言えるもかもしれない。シリーズ化とアニメ化もされているので,固定ファンは掴んでいるらしい。
次はキャラクター文庫。ここにあげるのは実際にキャラクター文庫コーナーにも置いてあったものだ。

まずキャラクター文庫の表紙は,どちらかというとアニメ調というより漫画調と言ったほうがしっくりくるものが多い。見た目の差別化ははっきりと見て取れる。
キャラクター文庫の内容は,ライトノベル同様に特異な世界観や特殊な能力を持つ登場人物が設定されることが多いが,ライトノベルに比べて登場人物が抱える悩みに向き合い,挫折,克服,成長する過程に目を向けようとしている印象がある。そこが先に述べたように文芸よりと感じる理由である。
「天使〜」については以前取り上げたので割愛。「恋する寄生虫」は極度な潔癖症の高坂と,ある理由から不登校になっている佐薙(さなぎ)の物語。社会復帰に向けたリハビリを一緒に行う中で互いに恋に落ちるが,その惹かれ合う理由は果たして自分の意思なのか?...という珍しい視点から紡がれる純愛物語だ。真実に迫る過程のドキュメンタリー風な味付けが緊迫感を煽ってくる。著者の三秋縋さんは,僕が追いかけている作家の一人。薄いベールを被せたような影を感じさせる作品群がこの作家の魅力だ。
で,この「恋する寄生虫」。本屋はキャラクター文庫扱いをしているが,内容的には文芸なのでは?という疑問が起こる。現在の日本を舞台にした物語で,登場人物は奇抜な能力を持っていない。抱えている悩みも現実の社会問題に通じるものだ。ストーリーの軸には,ミステリーのスパイスを散らした上で中心人物の葛藤と成長を据えている。細かなエピソードの積み重ねから心情の変化を描き出す手腕も厚みがある。あえてこの本にキャラクター文庫らしさを見出すとすれば,内容ではなく,女子高生が描かれた表紙くらいのものだろう。
さらにキャラクター文庫の分類の曖昧さを示した作品が,前回取り上げたこの本「僕は君を殺せない」だ。

先日近くのツタヤに行くと,なんとこの本がキャラクター文庫ランキングの売り上げ1位として展示されていたのだ。本作の内容は前回のブログを見てもらうことにして,この本に至っては,内容は言うに及ばず,表紙すらキャラクター文庫らしさが全くない。本作は文芸の位置付けで疑問の余地はないはずだ。
これはどういうことだろう。「恋する寄生虫」と「僕は君を殺せない」から一つの仮説が生まれる。それは,本屋がキャラクター文庫と文芸を分ける一番大きな要素は,内容ではなく出版レーベルによるということだ,
「恋する~」はメディアワークス文庫。「僕は~」は集英社オレンジ文庫。これらのレーベルから出版されたものは,内容に関わらずキャラクター文庫枠に入るのだと思われる。逆に,ライトノベル枠は富士見L文庫のようにそれ専用のレーベルが存在している。他の出版社についても,同様だろうと想像するが,面倒なので調べない。
逆に言えば,「恋する寄生虫」と「僕は~」は,こうしたレーベルから出版するわけだからキャラクター文庫にあった内容の作品を求められたはずなのに,作家さんがその範疇を飛び出して,作品を納入してしまったということになるのだろうか?
長谷川夕著「僕は君を殺せない」の紹介文に煽られる ― 2016年12月25日 00:33
行きつけの本屋が「最近売れている話題の本」ということで,長谷川夕著「僕は君を殺せない」をプッシュしていた。手に取って,裏表紙の紹介文に目を通す。以下,全文引用。

夏,クラスメートの代わりにミステリーツアーに参加し,最悪の連続猟奇殺人を目の当たりにした「おれ」。最近,周囲で葬式が相次いでいる「僕」。
一見,接点のないように見える二人の少年の独白は,思いがけない点で結びつく.....!!すべての始まりは,廃遊園地にただよう,幼女の霊の噂.....? 誰も想像しない驚愕のラストへ。二度読み必至,新感覚ミステリー!!
問題:だれが「僕」で,だれが「君」でしょう?
----------------------------------------------------------------引用ここまで
「驚愕のラスト」「二度読み必至」の言葉が好奇心を掻き立てる。紹介文を一読して,おもしろそうと思った。即決してレジに向かった。
僕は読み始める前に,ページ数と章構成を確認することにしている。読み進むペース配分と読了までの時間をざっと把握するためだ。目次を見る。すると次のようになっていた。
僕は君を殺せないーーーー5
Aさんーーーーーーーー-175
春の遺書ーーーーーーー213
なるほど,3章仕立てらしい。章題からすると,1章がいわゆる「起・承」,2章が「転」,3章が「結」なのだろう。
2章のAさんとは誰だろう。章題になっているところからしてかなりの重要人物だということが分かる。物語の舵を大きく切る役割を持っていそうだ。
3章の「春の遺書」は思い当たる。本屋で立ち読みした時,物語は父の自殺の場面から始まっていた。そして遺書の存在をすでに提示してあった。出だしと終わりに配置されたこの遺書には,物語を貫く大きな謎が含まれていそうである。紹介文にある「驚愕のラスト」はこの遺書に関わることなのだろうか。読むのが楽しみになってきた。
読み始めてすぐに感じたことは文章がうまい!ということ。短い文の積み重ねがリズムを生んで心地よい。そして,場の状況,人物の行動・心理が端的に分かりやすく描写されるので,頭の中にイメージがふっと湧き上がる。情景を思い描く苦労を強いられないために疲れない。
また,キャラクターの描き方が生き生きしている。性格がはっきりと表れる台詞回しと演出。特に主要キャラクターである「僕」とレイの関係性を含めた人間描写は素晴らしい。
さらに物語をどんどん先に進めるテンポも気持ちいい。些末な描写のために一箇所にとどまってグダグダと文章を重ねるようなことがない。「おれ」と「僕」が交互に独白しながら,少しずつ物語の骨格を浮かび上がらせる構成が,文体と相まって物語にリズムとスピード感を与えている。
というわけで,1章は一気に読み終えた。うん。面白いミステリーだ。哀しく,やるせないような気持ちに包まれる1章だった。
で2章の「Aさん」に入る。この章からは「わたし」の一人称視点になっていた。「わたし」とは誰だろう?1章に出てきた誰かか?それとも全く新しい人物が,1章の出来事について語り出すのか?頭の中に?を3つくらい浮かべながらとにかく読み進める。
内容は,「わたし」の回想である。Aさんとは,その回想の中に出てくる全身から肉を削ぎ落としたように痩せたおばさんで,通りかかる人の誰にでも吠えかかる凶暴な犬と市営団地に住んでいた。「わたし」はこの犬とAさんとに関わって恐ろしく,不気味な体験をする。暗く沈んだ雰囲気に包まれたまま2章が終わる。
さて,2章に1章の登場人物は一切出てこなかったが...3章で全てが繋がるのだろうか。ちょっと混乱したまま,3章「春の遺書」に進む。
3章になると今度は「私」の視点になっていた。そして大橋康二郎なるこれまで一瞬足りとも登場していない人物が,あろうことかいきなり幽霊として出てきた。
ここにきてやっと僕は気づいてしまった。「Aさん」「春の遺書」の2作は,全く別の作品だったのだ。(°▽°) なんということだろう。
どうして200ページも読み進むまで,別作品であることに気づかなかったのか。それは次の3つの理由からだ。
一つ目は,表紙裏の紹介文に「表題作他2編を収録」のような案内がなかったからだ。複数の作品を収録する場合,この部分に書くのが普通ではないだろうか。と思って本棚を確認してみると,梨木香歩著「西の魔女が死んだ」等数冊は明記してあった。一方,倉狩聡著「かにみそ」は明記されていなかった。書かれていることが多そうだが,必ずということでもないらしい。

二つ目は,本屋でチラ見した1ページ目の「遺書」と3章の「春の遺書」が同じものと信じてしまったからだ。この思わせぶりな配置はなんだろう。引っ掻けとしか思えない。
三つ目は,「Aさん」「春の遺書」と「僕は君を殺せない」の表現方法に一体感があったからだ。どれも一人称視点であり,叙述トリックの雰囲気がプンプン漂っていた。(春の遺書は結局違ったが...)また,亡霊の影が散りばめられているところも似通っていた。
今にして思うと,書名の「僕は〜」は,確かに目次の一篇目にそのまま書いてあるわけだから,多くの人はこれを見て,「あー3作品収録されているんだ」と思うだろう。
しかし,先の3つの理由で固定観念に縛られていた僕は,この目次を見て見抜くことはできなかった。何しろ,一つの章に書名を冠することはそれほど珍しいことではない。例えば,七月隆文著「ぼくは明日,昨日のきみとデートする」は,プロローグとエピローグを別にして4章仕立てで3章目が書名を冠している。三秋縋著「恋する寄生虫」は,9章仕立てで9章目に書名を冠している。(まあ,書名を冠するにしても,大団円として終わりの章に置くのであって,いきなり1章には置かないと今なら思う...)

さらに罪深いのは,先に紹介した紹介文にある「驚愕のラスト」「二度読み必至」である。僕はこの表現にかなり高い期待のハードルを立ててしまったらしい。「僕は〜」を読み終えた時点ですでに面白かったのだが,後を引く終わり方だったために,この後にAさんと遺書によって驚愕の新事実と大どんでん返しが語られ,さらに楽しませてくれると勝手に思い込んでしまったのだ。
これだけの期待を僕に与えたという点で,この紹介文を書いた編集の方はきっと優秀な方だと思う。しかし,そのせいで「僕は〜」が面白い作品だったにもかかわらず,最初の期待値が高すぎたあまり,相対的に読後の満足度が低くなった気がする。
評価:★★★☆☆
七月隆文著「天使は奇跡を希う」が面白い ― 2016年11月13日 17:11
僕が作品を追いかけている作家の一人に七月隆文さんがいる。つい先日,待望の新刊「天使は奇跡を希う(こいねがう)」が出た。早速購入して一気読みをした。
内容紹介-Amazonより引用-
瀬戸内海にほど近い町、今治の高校に通う良史のクラスにある日、本物の天使が転校してきた。正体を知った良史は彼女、優花が再び天国に帰れるよう協力することに。幼なじみの成美と健吾も加わり、四人は絆を深めていく…。これは恋と奇跡と、天使の嘘の物語。「私を天国に帰して」彼女の嘘を知ったとき、真実の物語が始まる。
-ここまで-
序盤は,天使である優花と出会い,彼女を天国に返すために協力して「ミッション」を行っていく良史視点の物語。優花の提案する「ミッション」を積み重ねていく中で徐々に優花に惹かれていく良史の気持ちが,舞台である今治の情景と二人の軽快な会話を通して描かれていく。
中盤からは,天使の秘密と優花の行動の意味を明らかにする優花視点の物語。ときに友人の視点も入り込み,甘くて切なくて愛しい物語が描かれる。
物語の構成は,ミリオンを記録した七月さんの出世作「ぼくは明日,昨日のきみとデートする」に準じている。秘密が明かされた時,序盤に提示されたエピソードの数々が,違った様相で見えてくる仕掛けだ。人物のちょっとした行動や情景描写が実は伏線であったと分かり,色々と腑に落ちてスッキリする。
本書を読み終えた僕は,煤けた灰色の容器に収まっている心を取り出して,レモンイエローの透明な容器に移し替えたような爽やかさに満たされた。相手を思いやって行動する純粋さと物事に正面から向き合う行動力が嬉しい。明日への活力を得ることができる物語だった。
評価:★★★★★
小川晴央著「やり残した,さよならの宿題」の評価 ― 2016年10月10日 01:31
多忙を極めた10月初頭は,精神的に疲弊した。そこで,この3連休は「久しぶりに読書をして心を潤わそう」と考え,行きつけの本屋へ行った。連休でもやることは多いので,読書に使う時間は1日と決め,それにふさわしい本を探すことにする。こんなときは,ライトノベルだろう。
僕は,ちょっとした時間を生かして手軽に楽しませてくれるライトノベルが好きでちょくちょく読んでいる。そのため,作品を追いかけている作家も何人かできた。そうした作家の一人に小川晴央さんがいる。
小川さんはこれまでに2冊の本を出している。デビュー作「僕が七不思議になったわけ」と2作目の「君の色に耳をすまして」だ。どちらもライトな文体で読みやすい上に,暖かさと優しさと切なさを呼び覚ますような読後感があって,気分をリフレッシュさせる読書にふさわしい。
小川さんの作品の魅力は,アニメチックに生き生き動くキャラクターと意表をつく作品構成だ。特に構成のうまさは「僕が七不思議〜」で顕著に表れていて,終盤で明かされる各章に散りばめられた仕掛けは,物語を楽しむ視点を再構築されるような意外性があって楽しんだ。
そんなわけで,本屋に顔を出すたびに小川さんの新刊をなんとなく探していたのだが,この連休の探索でついにそれを見つけた。
それが「やり残した,さよならの宿題」である。本を手に取って裏表紙のあらすじを見ると,次のような話だった。
小学生の青斗が住む海沿いの田舎町にはひとつの伝説があった。それはこの町にある神社にお願いすると,神様がやり直したい過去に「時渡り」をさせてくれるというもの。さて,青斗には鈴という大好きな女の子がいて,最高の夏休みをプレゼントしようとしていた。理由は,鈴が夏の終わりに引っ越してしまうから...。そんな二人は遊んでいた神社で一花さんと出会う。一花さんはなんでも見通す不思議な力を持っていて....
小川さんは,今後に期待をしている作家なのだが,実は2作目を読んだ時に不安も生まれていた。それは,1作目に比べてエンタメ要素というか娯楽性を(おそらく意識して)減らした結果,物語としての輝きも薄れていたためだ。
そして,今回のあらすじ。正直言って全く面白さを感じなかった。主人公が小学生という点がまず不安だったがまあ我慢しよう。僕の好きな重松清さんの作品のように,小学生視点であっても感情移入しまくりの素晴らしい作品はある。とにかく不安だったのは,あらすじにある設定やエピソードに,新鮮味や興味を抱かせる要素が全く見当たらなかったことだ。
神様?小学生の夏休み?タイムリープ物?僕が期待していた小川さんは,作品を出すごとに輝きを失っていく作家さんなのでは...。この作品を読みたいという気持ちはほとんど湧いてこなかった。しかし,小川さんに対するこれまでの好印象を信じて「えい!」という気持ちでレジに向かった。
さて,このように全く期待せずに読み始めたのだが,予想通り全く面白くなくて困った。一章を読み終えるまでに何度読むのを諦めようと思っただろう。もともと文章表現が上手な作家ではない。文章から立ち上る空気感や行間に宿る作品世界を読者の心に浮かび上がらせるタイプの作家ではなくて,キャラクターの魅力とエピソードで惹きつけるタイプの作家なのだ。それなのに,ていねいに状況や人物を描こうとして冗長になっている印象だった。1行で描写すべきところを3行もかけて描写しているように感じた。そのためなかなか物語が前に進まない。テンポが悪い。
小川さんの作品に触れる最初の作品がこれだったら,間違いなく30ページあたりで読むのを諦めていただろう。ただ,これまでに読んだ1作目と2作目が,終盤の盛り上げで惹きつける作品だったためそれを信じて耐えていた。
しばらく辛い時間を送ったが,二章まで読み終えたときには,だいぶ印象が変わってきた。キャラクターも出揃い,様々なエピソードが重ねられてきたので物語が安定し,作品を楽しめるようになっていた。読み進めるごとに頭の中にできてくる作品世界がだいぶ馴染んできたようだった。
そして,三章から四章。クライマックスへ向かって駆け抜けていく文章とキャラクターたち。一人一人の行動原理が明確になり,気持ちは揺さぶられ続ける。涙もろい僕の視界は,ずっと歪みっぱなしだった。やっぱり小川さんは,物語の骨格となる仕掛け作りのうまい作家だと思った。
「終わりよければすべてよし」とはよく言ったものだ。この本を読み終えたとき,序盤のマイナス印象は,僕の頭からほとんどなくなっていた。
評価:★★★☆☆
P.S.
お気に入りの小川さんにお願い。各場面に散りばめていたキャラクターの所作や出来事について,最後に「あのときのあれはこれこれこうだったんだよ」とキャラクター本人にまとめて説明させるのは避けていただきたい。それは登場人物から読者への解説となり,興ざめしてしまいます。解説なしでも読者に伝わる暗示や伏線または,エピソードで暗示と伏線を回収することを期待しています。
オマージュ!? ― 2015年12月29日 02:23
ここ数日間,1日1冊ペースで文庫本を読んでいる。現在,急性活字中毒に陥っており,読書意欲はMAX状態。次はどの本を読もうかなと本屋をブラブラする時間は蜜の時間である。
さて,1日1冊ペースで読めるのは,深く考えずに一気読みできる本を選んでいるからである。社会的,歴史的背景をもとに,状況・心理描写によって心の機微を描くような文学作品は読まない。いわゆるライトな小説を選んで読んでいる。
ここでいうライトな小説とは,2〜5人程度の主要人物によるドキドキ・ワクワク・不思議なエピソードを楽しむ300ページ前後の作品である。人間を描きこんで作品テーマを強調することはせず,登場人物の魅力あるエピソードで物語を引っ張っていく。
個性を生み出すために,登場人物は突拍子もない能力や技能,または欠点を持っていることが多く,それが物語を引っ張る原動力になる。しかし,あくまでライトな世界観なので,それらの突拍子もない「嘘」に信ぴょう性を持たせ,読者をその世界に引きずり込んでしまうほどの作りこみはされない。そのため,作品の質が軽く感じられることもある。
ここ数日間で読んだ作品紹介。どれだけ楽しんだかは5段階で評価。
1 ホーンテッドキャンパス1【櫛木理宇】 ★★★☆☆
2 ホーンテッドキャンパス2【櫛木理宇】 ★★★☆☆
3 ようするに,怪異ではない【皆藤黒助】 ★★☆☆☆ ※途中挫折
4 ケーキ王子の名推理 【七月隆文】 ★★★☆☆
5 僕は何度でも,きみに初めての恋をする。【沖田円】★★★☆☆
ざっくり紹介すると,1と2は幽霊が見えてしまう主人公が霊の問題で困っている人を助けるプチホラー。3は不思議な出来事を何でも妖怪の仕業で片付けようとする先輩を主人公が論理で解き明かしていくドタバタコメディー。4は冷血で超絶イケメンなケーキ職人の男子高校生と甘いもの大好き女子高生のラブコメ。5は一日しか記憶を保てない男子高校生と深い悩みを抱える女子高生が支え合う切ない青春物語。
どの作品も基本設定に目新しさはない。どこかで見たことのあるものばかりだ。しかしそれでいいと思う。ライト小説の価値は,そこにちょっとしたスパイスを加えて人物と世界に魅力を与え,平易な文章表現で読者を気楽に楽しませることだ。この肩肘張らない気軽さが何よりいいのである。だから過去の作品に似るところがあっても,「インスパイアされた」とか「オマージュである」ということで良いと思うのだ。著者が自覚さえしていれば…。

しかし,「僕は何度でも,きみに初めての恋をする。」の著者によるあとがきを読んで気になることがあった。どういう願いを込めて作品を作ったか紹介している中にこう書いてあったのだ。
【この『僕きみ』は,確か初めは「一日しか記憶がもたない男の子」というイメージがぽっと浮かんだところから始まったと思います。】
まるで,一日しか記憶がもたない男の設定を,著者がオリジナルの発想であると述べているように感じてしまったのだ。「ぽっと浮かんだ」とあるが,上でざっくり紹介したものを見ていただいただけで,多くの人は気づくと思うのだ。その設定が80分しか記憶保持ができない博士の物語「博士の愛した数式」の設定に似ていると。その記憶時間の少なさを補うために高校生は写真とメモを残し,博士はメモを身体中に貼り付けた。詳しくは書かないが,物語後半のプロットにも影響が感じられる。
実際自分は「僕きみ」を読みながら,この著者は「博士の愛した数式」に刺激を受け,違う人物を配置して新しい青春物語を作ったんだなと思っていた。懸命に今を生きる少年と少女が互いの悲しみを補完し合い,強い絆を結んでいくストーリーは楽しむことができた。それだけにあとがきに?と思ってしまったのだ。
まあ,博士の設定をもとに「老人を高校生にして記憶時間を一日にしてみたらいいんじゃね?」というイメージがぽっと浮かんだということかもしれないが,こうして違和感を持つ自分のような者もいるので,違う表現をしてもらうと良かったと思った次第。