回転寿しの皿の集計 ― 2015年12月04日 00:25
数多の食べ物の中でも,寿司は3本の指に入る大好物である。そして,気軽に立ち寄ってそこそこの味を楽しめるという理由から,回転寿し店にはよく足を運んでいる。
先日,知り合いと回転ずしを食べてきた。回転寿しの店は多くのチェーン店があり,メニューと味,そして値段である程度のランク付けがされる。この日は,ちょっと奮発して,うまくて高い「高級回転寿司店」に行った。久しぶりに足を運んだ店である。
時間は16時頃。夕方前の中途半端な時間。おかげで席はガラガラで,食事を終えた一組のおばさんたちが席を暖めているだけだった。客がいないだけに,皿も回っていない。ほぼ貸切状態で,全ての寿司はカウンターにいる年配の職人さんに注文した。
30分くらいの食事で,目の前には20皿程度が重なった。値段によって皿の色と模様が違うため,無造作に重ねた皿はさながら迷彩のようだ。同じ色や模様のものが散らばる状態は気持ちが落ち着かないので,回転ずし店では絶対に種類ごとにならべて積み直す。見た目も良いし,何より後で会計をしてくれる店員さんが集計しやすい。これくらいの配慮は客の責務と心得ている。
お腹も膨れ,帰る頃合いになったため,店員さんを呼んで会計をしてもらうことにした。すると,若い女の子がスタスタとやってきて,おもむろにテレビのリモコンサイズの四角い機械を取り出し,美しく積み直した皿に掲げ始めた。
3つにまとめられた皿の塔全てに機械を掲げ終えると,今度はキャッシュカードのようなプラスチックカードを機械の上に乗せ,そして,そのカードを渡してきた。
「こちらをレジにお出し下さい」
「!?」
予想外の出来事にまごつきながら言われた通りにレジにカードを渡すと
「ありがとうございました。○○円になります。」
とレジのお姉さん。聞くと,皿の裏にICチップが貼ってあり,その情報を読み取って会計処理をするのだそうだ。
回転寿司屋でこのようなテクノロジーが利用されていることに驚いた。すると,今後皿の並べ替えなどする必要がなくなるのだろうか。並べ替えることは,いいカッコしいの大きなお世話なのだろうか。いや,きっと自分は次に来た時もならべかえるだろう。なにしろ,迷彩を目の前にして食べる寿司なんて落ち着かない…。
神社に願う ― 2015年12月12日 22:50
朝,目覚めると青空が広がる良い天気だった。「こんな天気の良い日はドライブをしなければならない。さて,どこに出かけよう」と考えて,本棚に無造作に差し込まれていた情報誌をパラパラとめくった。すると,そこに塩竈(しおがま)神社の写真があった。日の高いうちに帰りたいので,近くて良い。また,近場の名所にもかかわらず実は行ったことがない。決定!
地図で道路を確認していざ出発。仙台を抜け出るまでに一度渋滞に捕まったが,それでも1時間ほどで到着した。
駐車場に車を止め,裏参道を通って塩竈神社へ歩く。50mほど坂を登っていくと,志波彦神社なる建物に着いた。存在感のある立派な社殿だ。1時間もかけて間違った神社に来てしまったのか?と,一瞬戸惑ったが,そばにあった案内図を見るとそうではない。塩竈神社の敷地内にもう一つの神社が併設してあるのだ。(正確には同じ敷地かどうかは知らない。そばに由緒を示す説明があったが読み飛ばした。かなり昔に建立された神社であり,昭和の初期にこの地へ移設されたことは理解した)
もののついでと,まずはこの神社へ参拝することにした。境内には数人の参拝客が歩いていた。混んではいない。社殿に向かうと,気になる人が目に付いた。社殿の右の端っこで男が手を合わせていた。歳は20代半ばに見えたが,老けた高校生の可能性もある。背には斜めに平たいバックをかけていた。そこは神木の陰にあたり,その男の目の前には賽銭箱などはない。言ってみれば,建物の周りをぐるりと巡る欄干に手を合わせている形だ。
ユニークな人もいるものだと思いながら,自分は参拝に立った。参拝するとき,正式な作法でいつも迷う。しかし,この神社は親切だ。賽銭箱の横,社殿に登る階段に正しい参拝の仕方が書いてあった。「なるほど,2回礼をして,2回手を打って,1回礼をすると」
賽銭箱に100円を投げ入れ,説明書の通りに自信を持って祈った。おかげで,目をつぶりながら,まじめに自分と対話することができた。これからの自分の生き方について,頭の中でいろいろ話をしてみた。なんだか,落ち着く。瞑想ってこんな感じなのかなと思った。今回の祈りの時間は,これまでの人生で最長であったと思う。実際は30秒ほどだと思うが,祈りの時間の30秒は結構長いと思う。自分はそう思った。
良い参拝ができたことに満足して踵を返した時,何気なく社殿の右手を見てぎょっとした。例の男がまだ手を合わせて祈っていた。思わず二度見をしてしまった。よほど大切なことをお願いしているのだろう。または,自分と向き合う大事な時間を持っているのかもしれない。男の背中をじっと見ていたら,切ないような愛おしいような不思議な感情が生まれてきた。心の中では,「この男の願いを叶えてあげてください」と考えていた。
こんなことを思うのは初めてだ。しかし今思えば,この男に自分を重ねていたのかもしれない。自分の行動は自分が決めなければならないが,それでも何かに願って背中を押して欲しいと思うことはある。また,強く理想を描いてその道筋を照らしたいと思うこともある。
さて,本命の塩竈神社に行こうと考え,志波彦神社の境内を後にするとき,もう一度男のいた場所を振り返った。いた。なんだか嬉しくなった。
P.S.
…この文章を書き始めたときは,塩竈神社の階段の話を書こうとしていたのに,全く違う話になってしまった。仕方がない。写真だけ貼っておこう。

■塩竈神社表参道,心臓破りの階段。228段あった。下手をするとこの階段を上って本当に神様のもとに行けそう。
BOSEのヘッドフォン ― 2015年12月27日 19:35
冬のボーナスが出たので,1年間頑張ってきた自分に対する褒美として,BOSEのワイアレスヘッドフォンを買った。買った製品は「Bose® SoundLink® around-ear wireless headphones II」。BOSE曰く,「ワイヤレスの解放感とともに迫力のサウンドを楽しめる、アラウンドイヤータイプのステレオBluetoothワイヤレスヘッドホン」である。

消費税を入れておよそ37,000円。この金額は,自分にとってなかなか勇気のいる買い物だったが,2週間経った現在,良い買い物だったと満足している。
これまで,iPhoneの音楽はスピーカーで聞くことが主だった。音楽は,ながら仕事の僚友として,また,気分転換の朋友として欠かせない。しかし,部屋で聴くには,家族やご近所さんの手前,常に音量には気を使う。どうしても,軽いBGMのような聞き方しかできなかった。時々,溢れ返るような音の空間に身と心を浸して,ストレスを流し去りたい!と思うことがあり,購入の運びとなった。
購入に際しては,様々な製品を視聴して納得したものを買いたい。そこで,駅前にあるヨドバシに行って,各社各製品の聴き比べを行った。すると,自分のような素人にもはっきりと違いが感じられるほど会社ごとに音の特徴があって興味深かった。さらに,形状や材質,重さによって装着した時の感じがかなり違うことがわかった。
結果,選んだのが上記の製品になるわけである。決め手になった要素は3つある。
一つ目は,音が心地よく感じられたこと。高音と低音に不自然な強調がないため,違和感なく聴けた。また,一方だけが出しゃばることなくバランスが取れていると思った。
二つ目は,装着時の快適さ。赤ちゃんのほっぺのような感触を持つイヤーパッドがとにかく心地よい。ムニムニいじっているだけで癒される。また,耳当て部の形と動きによって両耳へのフィット感が高いため,装着時も安定していた。
三つ目は,ワイヤレスであること。自分は風呂掃除や洗車などの雑用時にも音楽を聞いていることが多い。これまではイヤホンを使っていたが,作業時はどうしてもコードが邪魔になっていた。ワイヤレスになることで使い勝手が向上することが考えられた。
これを書きながら,目の前の壁に引っ掛けてあるヘッドフォンを眺めている。うん,デザインも色っぽくて実に良い。シンプルな機能美。じっと見ているだけで気持ちが高まってくるようだ。意味もなく付けてみたくなる。
…フェチだな。
オマージュ!? ― 2015年12月29日 02:23
ここ数日間,1日1冊ペースで文庫本を読んでいる。現在,急性活字中毒に陥っており,読書意欲はMAX状態。次はどの本を読もうかなと本屋をブラブラする時間は蜜の時間である。
さて,1日1冊ペースで読めるのは,深く考えずに一気読みできる本を選んでいるからである。社会的,歴史的背景をもとに,状況・心理描写によって心の機微を描くような文学作品は読まない。いわゆるライトな小説を選んで読んでいる。
ここでいうライトな小説とは,2〜5人程度の主要人物によるドキドキ・ワクワク・不思議なエピソードを楽しむ300ページ前後の作品である。人間を描きこんで作品テーマを強調することはせず,登場人物の魅力あるエピソードで物語を引っ張っていく。
個性を生み出すために,登場人物は突拍子もない能力や技能,または欠点を持っていることが多く,それが物語を引っ張る原動力になる。しかし,あくまでライトな世界観なので,それらの突拍子もない「嘘」に信ぴょう性を持たせ,読者をその世界に引きずり込んでしまうほどの作りこみはされない。そのため,作品の質が軽く感じられることもある。
ここ数日間で読んだ作品紹介。どれだけ楽しんだかは5段階で評価。
1 ホーンテッドキャンパス1【櫛木理宇】 ★★★☆☆
2 ホーンテッドキャンパス2【櫛木理宇】 ★★★☆☆
3 ようするに,怪異ではない【皆藤黒助】 ★★☆☆☆ ※途中挫折
4 ケーキ王子の名推理 【七月隆文】 ★★★☆☆
5 僕は何度でも,きみに初めての恋をする。【沖田円】★★★☆☆
ざっくり紹介すると,1と2は幽霊が見えてしまう主人公が霊の問題で困っている人を助けるプチホラー。3は不思議な出来事を何でも妖怪の仕業で片付けようとする先輩を主人公が論理で解き明かしていくドタバタコメディー。4は冷血で超絶イケメンなケーキ職人の男子高校生と甘いもの大好き女子高生のラブコメ。5は一日しか記憶を保てない男子高校生と深い悩みを抱える女子高生が支え合う切ない青春物語。
どの作品も基本設定に目新しさはない。どこかで見たことのあるものばかりだ。しかしそれでいいと思う。ライト小説の価値は,そこにちょっとしたスパイスを加えて人物と世界に魅力を与え,平易な文章表現で読者を気楽に楽しませることだ。この肩肘張らない気軽さが何よりいいのである。だから過去の作品に似るところがあっても,「インスパイアされた」とか「オマージュである」ということで良いと思うのだ。著者が自覚さえしていれば…。

しかし,「僕は何度でも,きみに初めての恋をする。」の著者によるあとがきを読んで気になることがあった。どういう願いを込めて作品を作ったか紹介している中にこう書いてあったのだ。
【この『僕きみ』は,確か初めは「一日しか記憶がもたない男の子」というイメージがぽっと浮かんだところから始まったと思います。】
まるで,一日しか記憶がもたない男の設定を,著者がオリジナルの発想であると述べているように感じてしまったのだ。「ぽっと浮かんだ」とあるが,上でざっくり紹介したものを見ていただいただけで,多くの人は気づくと思うのだ。その設定が80分しか記憶保持ができない博士の物語「博士の愛した数式」の設定に似ていると。その記憶時間の少なさを補うために高校生は写真とメモを残し,博士はメモを身体中に貼り付けた。詳しくは書かないが,物語後半のプロットにも影響が感じられる。
実際自分は「僕きみ」を読みながら,この著者は「博士の愛した数式」に刺激を受け,違う人物を配置して新しい青春物語を作ったんだなと思っていた。懸命に今を生きる少年と少女が互いの悲しみを補完し合い,強い絆を結んでいくストーリーは楽しむことができた。それだけにあとがきに?と思ってしまったのだ。
まあ,博士の設定をもとに「老人を高校生にして記憶時間を一日にしてみたらいいんじゃね?」というイメージがぽっと浮かんだということかもしれないが,こうして違和感を持つ自分のような者もいるので,違う表現をしてもらうと良かったと思った次第。